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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)11846号 判決 1985年9月24日

原告

藤田謙一

藤田邦子

原告ら訴訟代理人

原田栄司

堀内俊一

被告

株式会社磯村建設

右代表者

磯村禧久治

被告

大熊七男

右被告ら両名訴訟代理人

桑野毅

被告

有限会社吉田屋商店

右代表者

吉田明信

被告

吉田明信

右被告ら両名訴訟代理人

清水直

小島昌輝

彌元征策

上石利男

右清水直訴訟復代理人

中澤裕子

今井重男

影山光太郎

村松謙一

主文

一  被告らは、原告藤田謙一に対し、各自金一七四万五九八七円及び内金一五八万五九八七円に対する昭和五五年一一月一五日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告藤田邦子に対し、各自金五八七六万七七四九円及び内金五五九六万七七四九円に対する昭和五五年一一月一五日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの本件その余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告藤田謙一と被告らとの間においては、原告藤田謙一に生じた費用の二分の一を被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告藤田邦子と被告らとの間においては、原告藤田邦子に生じた費用の二分の一を被告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告藤田謙一に対し、各自金二〇八万一〇〇〇円及び内金一八八万一〇〇〇円に対する昭和五五年一一月一五日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告藤田邦子に対し、各自金一億〇二二一万七六一〇円及び内金九九四一万七六一〇円に対する昭和五五年一一月一五日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求の原因並びにこれに対する被告らの認否及び主張

(請求の原因)

一  (当事者)

1 原告藤田謙一(以下「原告謙一」という。)と原告藤田邦子(以下「原告邦子」という。)は、昭和四九年から内縁関係にあり、昭和五五年三月二八日に婚姻して夫婦となり、その間には、長女かおる(昭和五一年一月八日生まれ。以下「訴外かおる」という。)がいる。

2 被告株式会社磯村建設(以下「被告磯村建設」という。)は、土木建築の請負、販売及び土地建物取引業等を営む会社であり、被告大熊七男(以下「被告大熊」という。)は、その従業員である。

3 被告有限会社吉田屋商店(以下「被告吉田屋商店」という。)は、酒類、荒物、雑貨及び燃料(プロパンガス)等の小売業を営む会社であり、被告吉田明信(以下「被告吉田」)は同社の代表取締役である。

二  (事故の発生)

1 原告邦子は、昭和五二年六月二七日、被告磯村建設から左記土地付き建物(以下「本件建物」という。)を代金八〇〇万円で買い受け、同年一一月五日にその引渡しを受ける予定であつた。

所在 埼玉県大里郡寄居町大字富田字台一四三〇

土地 約一二〇平方メートル

建物 木造セメント瓦亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一棟 約三九・七四平方メートル

設備 自家水道付き

2 原告謙一、同邦子、訴外かおる、同三枝スガの四名は、昭和五二年一一月五日午後二時半ころ、一切の家財道具を右建物に運びこみ、その後、原告両名が被告磯村建設の担当社員である被告大熊からプロパンガス、電気、水道設備等の使用説明を受けていた。そして、同日午後六時四分ころ、被告大熊がプロパンガス燃焼器具の使用方法の説明のため、洗面所のドアを明けたところ、洗面所から漏れていたプロパンガスに台所の湯沸器の口火が引火して突然爆発して火災となり、原告邦子及び同謙一は、後記のとおりの損害を被つた。

本件事故の原因は、洗面所のガス栓が開栓されていたため、プロパンガスが洗面所に充満し、ドアを開けたときにプロパンガスが流出し、これに台所の湯沸器の口火が引火して爆発したものである。

三  (被告らの責任)

1 被告大熊の責任

被告大熊は、原告らに対し、右建物引渡しに伴い、同建物に設置されたプロパンガス設備の使用方法を説明する際、同建物の台所、洗面所、風呂場の各ガス栓の開閉状態を確認することなく五〇キログラム入りの二本のプロパンガスのガスボンベの元栓を開栓した重大な過失により、開放状態になつていた洗面所のガス栓からプロパンガスが漏れて右建物内に充満し、これに前記の湯沸器の口火が引火して爆発して本件事故に至つたものである。

したがつて、被告大熊は、民法七〇九条に基づき原告らの被つた損害を賠償すべき義務がある。

2 被告吉田の責任

被告吉田は、プロパンガスについての販売主任者の資格を有するものであり、被告吉田屋商店の代表者として、前記の五〇キログラム入りのプロパンガスボンベ二本を本件建物内に設置し、同家屋のガス管にこれを接続したが、昭和五二年一一月五日から原告らがこれを使用することを十分知りながら当日のガスの開栓に何の連絡もなく立ち会わず、ガスの供給に当たつては、当然、ガス器具、設備につき気密検査を行い、器具の安全性を十分に調査し異常のないことを確認し、そのことを使用者である原告らに告知した上で供給すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、また、自分以外の者が連絡なしで開栓することのないような措置を講じるべきであるのに、これを怠るという重大な過失により、本件事故を惹起したものである。

3 被告磯村建設の責任

本件事故は、原告邦子と被告磯村建設との前記売買契約に基づき、被告磯村建設が同原告へ本件建物を引き渡すのに伴い、本件建物の間取り、構造及び本件建物に設置するプロパンガス設備(燃焼器具を含む。)等の取扱使用方法の説明を行つている最中に、同被告の被用者である被告大熊の前記の重大な過失及び被告磯村建設が本件建物についてのプロパンガスボンベ、コック、ガスコンロ等の取付作業を請負わせていた被告吉田屋の代表取締役である被告吉田の前記の重大な過失により発生したものであるから、被告磯村建設は、民法七一五条により使用者として原告らの被つた損害を賠償する義務がある。

また、本件事故は、建物引渡しの最中に起こつた事故であり、原告邦子と同被告との売買契約の債務不履行に当たることも明白であるから、原告邦子は、被告磯村建設に対しては、右債務不履行に基づく責任も併せて主張する。

4 被告吉田屋商店の責任

原告らは、昭和五二年一一月五日以前に被告吉田屋に対し、本件建物にプロパンガスを供給してくれるように申し込み、被告吉田屋は右申込みに応じて本件建物にプロパンガスボンベ一本を設置していたが、さらに同月四日午後二時過ぎにプロパンガスボンベ一本を追加すべく本件建物に赴き、ガス管にコックがついてなかつたのでこれを取り付け、二本目のガスボンベを本件建物のガス管に接続し、もつて原告らと被告吉田屋との間にプロパンガス供給契約が成立したものである。

本件事故は、被告吉田屋の代表取締役の被告吉田の前記の重大な過失によつて発生したものであるから、被告吉田屋は、有限会社法三二条(商法七八条二項、民法四四条)による不法行為責任及び右プロパンガス供給契約上の債務不履行責任として原告らの被つた損害を賠償する義務がある。

四  (損害)

1 原告謙一の損害 合計金二〇八万一〇〇〇円

原告謙一は、大正七年六月三〇日生まれの男性であり、本件事故当時五九歳であつたが、本件事故によつて両手、顔面、左足Ⅱ度熱傷の傷害を負い、昭和五二年一一月五日から同月二五日まで埼玉県比企郡小川町大字一五二五番地所在の小川赤十字病院に入院し、右熱傷は治癒して退院したが、両手熱傷の後遺症として両手掌及び左右全指に知覚過敏状態が残り、そのため次のとおりの損害を被つた。

①休業損害 金一六万一七〇〇円

原告謙一は、右の入院期間中その勤務を二一日間休んだが、これにより左の計算式のとおりの休業損害を被つた。

(年収) 234200円(全年齢別平均給与月額)*12箇月=2810400円

(休業損害)2810400円*21/365=161700円

②逸失利益 金九二万五九〇〇円

前記後遺症は、後遺傷害等級表(自動車損害賠償保障法施行令第二条)の第一四級の一〇に相当するところ、これによる労働能力喪失率は、五パーセントであり、同人の年収を前記のとおり二八一万四〇〇円、労働能力喪失期間を八年として算出すると、本件事故による原告謙一の逸失利益は金九二万五九〇〇円である。

(逸失利益)2810400*6.589*0.05=925900円

③慰謝料 金八〇万円

内訳 入通院慰謝料 金三〇万円

後遺症慰謝料 金五〇万円

④弁護士費用 金二〇万円

原告謙一は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として金二〇万円を支払う旨を約した。

2 原告邦子の損害 合計金一億二六四八万七六六四円

原告邦子は、昭和一一年一月一日生まれの女性であり、本件事故当時、四一歳であつたが、本件事故により両手・前腕熱傷(Ⅱ・Ⅲ度)、頭部・顔面・両大腿広範熱傷の重傷を負い、現在に至るまで手術を数回にわたつて繰り返し、両手指切断欠損、両手関節拘縮の後遺症障害を残し、今後もなお数回の手術をする必要があり、現在も治療中である。

①将来家政婦を依頼するに必要な費用 金四五九九万三五四四円

原告邦子は、本件事故による両手指切断欠損、両手関節拘縮の後遺症(後遺傷害等級表第三級の五に相当する)のため、両手を使用できず、炊事、洗濯等家事一切をすることはもちろん、子供の養育、自分の身のまわり世話も満足にできない状態であり、日常生活全般にわたり支障を来し、将来とも家政婦の付添いを必要とする。

原告邦子は、昭和五九年六月一日現在四八歳であり、同年齢の女子の平均余命は三三年を下らない。昭和五九年四月現在、家政婦費用は一日当たり金六一〇〇円、交通費は一箇月金一万四二六〇円であるところ、年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によつて控除して右期間中の家政婦費用の昭和五九年六月一日時点における現価を求めると、左記計算式のとおり金四五九九万三五四四円となる。

(6100円*365日+14260円*12箇月)*19.183(33年の新ホフマン係数)=45993544円

②休業損害 金一三八六万七五五一円

(内訳)

休業損害金 合計金 一二三一万三一〇〇円

金利 合計金 一五五万四四五一円

(細目)

ア  昭和五二年一一月から昭和五三年一二月まで(四二歳)の分(年齢別平均給与額表平均月額による)

132900円*14月=1594800円

(昭和五四年一月から昭和五九年五月分までの金利・以下同じ。)

1594800円*0.05*1/12*65月=431925円

イ  昭和五四年一月から同年一二月まで(四三歳)の分(以下の給与については、それぞれの年度に対応する賃金センサス第一巻第一表の女子労働者の平均賃金による。)

115800円*12月+312200円=1701800円

(金利)

1701800円*0.05*1/12*53月=375814円

ウ 昭和五五年一月から同年一一月まで(四四歳)の分

124100円*12月+348000円=1837200円

(金利)

1837200円*0.05*1/12*41月=313855円

エ 昭和五六年一月から同年一二月まで(四五歳)の分

133600円*12月+384400円=1987600円

(金利)

1987600円*0.05*1/12*29月=240168円

オ 昭和五七年一月から同年一二月まで(四六歳)の分

139700円*12月+399800円=2076200円

(金利)

2076200円*0.05*1/12*17月=147064円

カ 昭和五八年一月から同年一二月まで(四七歳)の分(昭和五六年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の年齢階級別平均給与額(含臨時給与)を一・〇七〇一倍したものをもとにしている。以下、同じ。)

182500円*12月=2190000円

(金利)

2190000円*0.05*1/12*5月=45625円

キ 昭和五九年一月から同年五月まで(四八歳)の分

185100円*5月=925500円

③逸失利益 金二九一三万三二五九円

185000円(48歳の平均給与月額)*12月*13.116(新ホフマン係数)*1.00(労働能力喪失率)=29133259円

④慰謝料 金二〇〇〇万円

(内訳)

入通院慰謝料 金五〇〇万円

後遺症慰謝料 金一五〇〇万円

⑤土地購入の諸費用 金一九〇万八一九〇円

(内訳)

保証委託保険料 金一五万七五〇〇円

火災保険料 金八万七八九〇円

登記費用 金一〇万一八〇〇円

本件土地建物購入頭金 金一五〇万円

追加工事費用支出金 金六万一〇〇〇円

⑥本件火災により焼失した現金 金六〇六万五〇〇〇円

⑦本件火災により焼失した家財道具、衣類等の動産 金二八〇万円

⑧弁護士費用 金六〇〇万円

よつて、被告らに対し、原告謙一は、本件事故による損害金二〇八万一〇〇〇円及び内金一八八万一〇〇〇円に対する本件不法行為の日の後である昭和五五年一一月一五日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告邦子は、本件事故による損害金合計一億二六四八万七六六四円の内金として金一億〇二二一万七六一〇円及び内金九九四一万七六一〇円に対する本件不法行為の日及び訴状送達の日の後である昭和五五年一一月一五日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

(請求の原因に対する被告大熊、同磯村建設の認否及び主張)

一1  請求の原因一1の事実は知らない。

2  同一2及び3の事実は認める。

二1  同二1の事実は認める。ただし、本件建物の引渡しは、本件事故の発生前に完了していた。

2  同二2の事実のうち、原告謙一、同邦子、訴外かおる、同三枝スガの四名が昭和五二年一一月五日午後二時半ころ本件建物に家財道具を運びこんだこと、本件建物の洗面所からプロパンガスが漏れてこれに引火爆発したこと、原告両名が負傷したこと、被告大熊がガス器具の使用法を説明していたこと、本件建物及び家財道具が焼失したことはいずれも認めるが、その余の事実は知らない。

三1  同三1の事実は否認する。

2  同三3の事実については、被告磯村建設が被告吉田屋に本件建物のプロパンガス用コックの取付作業の下請けをさせたこと(ただし、プロパンガス及びガスコンロは、原告謙一が、被告吉田屋から直接購入し、取付させたものである)、被告大熊が被告磯村建設の社員であることは認め、その余の事実は否認ないし争う。

四1  請求の原因四1のうち、原告謙一が大正七年六月三〇日生まれの男性であり、本件事故当時五九歳であつたこと、本件事故によつて両手、顔面、左足に熱傷の傷害を負い、昭和五二年一一月五日から同月二五日まで埼玉県比企郡小川町大字一五二五番地所在の小川赤十字病院に入院し、右熱傷は治癒して退院したことは認め、熱傷の程度及び後遺症については知らない。損害額の主張は争う。

2  同四2のうち、原告邦子が昭和一一年一月一日生まれの女性であり、本件事故当時、四一歳であつたこと、同原告が、本件事故により両手・前腕熱傷(Ⅱ・Ⅲ度)、頭部・顔面・両大腿広範熱傷の重傷を負い、現在に至るまで手術を数回にわたつて繰り返し、現在も治療中であることは認め、後遺症の程度については知らない。また、損害額に関する主張は争う。

将来の家政婦費用については、今後の治療、リハビリテーションの効果、近親者による介護の可能性等を考えると平均余命の全期間にわたつて家政婦が必要であるとは認められず、金額及び期間を相当減額すべきである。

また、逸失利益については、家事労働を金銭的に評価するものであるから、将来の家政婦費用が認められるとすれば、その全額が逸失利益から控除されるべきである。

土地建物購入に関する諸費用を原告邦子が支弁したことは認めるが、これらは土地の取得にかかる部分を含んでおり、これらが本件火災と因果関係がある損害であることは争う。

なお、原告らは係数を新ホフマンを使用しているが、ライプニッツを用いるべきである。

五  被告大熊、同磯村建設の主張

1 被告吉田は、本件事故の前日である昭和五二年一一月四日の夕方、本件建物のガスコックの取付、ガスコンロ取付、ガスボンベ接続等の作業を行い、その際ガス漏れ検査(気密試験)を実施したが、被告大熊は、その場で、被告吉田から検査の結果異常がない旨告げられた。したがつて、被告吉田がプロパンガス取扱い資格を有する業者であること、気密検査をしたのが前日の夕方という近接した時点であり、被告大熊自身、右検査を目撃したこと、正常の検査であればコックが開放状態であることは容易に発見できるはずであること、業者がガスコックを取付けるには栓を閉めた状態にしておくことは常識であることを考えれば、被告大熊が、本件事故当日、ガスボンベの開栓をするに際して、ガスコックが開放状態となつていることを予見することを期待することは到底困難であり、同被告が被告吉田の右報告を信じたため改めてガスコックの状態を確認しなかつたとしても、同被告に過失があるということはできない。

2 また、本件建物の引渡しは、原告らが到着後間もなく、被告大熊が原告邦子に本件建物の鍵を交付したことで完了している。そして、プロパンガス供給契約は被告吉田屋商店と原告らとの間に直接締結されたものであつて、被告吉田が本件建物にプロパンガスボンベ二本を搬入し、ガス管に接続させた行為は、右供給契約に基づくものであり、被告磯村建設の指揮監督の下にある行為ではない。したがつて、被告吉田に過失があるとしても、被告磯村建設が使用者責任を負ういわれはない。

3 仮に、被告大熊、同磯村建設のなんらかの行為によつて本件事故が惹起されたとしても、失火ノ責任ニ関スル法律の適用により、被告大熊及び同磯村建設には不法行為責任は生じない。

(請求の原因に対する被告吉田、同吉田屋商店の認否及び主張)

一1  請求の原因一1、2の事実は知らない。

2  同一3の事実は認める。

二1  同二1の事実は知らない。

2  同二2の事実のうち、本件建物が焼失したことは認めるが、その余の事実は知らない。

三1  同三1の事実は知らない。

2  同三2の事実は否認する。被告吉田は、プロパンガスの漏えい検査を行つている。

3  同三3の事実は知らない。

4  同三4の事実は否認する。プロパンガス供給契約の成立時期は液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律一四条の書面を交付した時であるから、本件の場合、右契約は未だ成立していない。

四1  請求の原因四1のうち、原告謙一が大正七年六月三〇日生まれの男性であり、本件事故当時五九歳であつたこと。同原告が本件事故によつて両手、顔面、左足Ⅱ度熱傷の傷害を負い、昭和五二年一一月五日から同月二五日まで埼玉県比企郡小川町大字一五二五番地所在の小川赤十字病院に入院したこと、同原告が前記の両手熱傷後遺症を残して両手掌及び左右全指に知覚過敏状態が残つたことは認め、損害額の主張は争う。

2  同四2の損害の主張は争う。

原告邦子は家政婦費用の他に逸失利益を請求しているが、家政婦費用は事故によつて失われた家事能力の対価であるから、これを金銭評価した逸失利益を請求するほかに家政婦費用を請求することは許されない。

五  被告吉田、同吉田屋商店の主張

1 被告吉田は、昭和五二年一一月四日、本件建物において、既に配管されていたガス管にコックを取り付けるため、徴圧計で気密漏えい検査をしたところ、気圧が下がつていたので調べた結果、洗面所の配管のところに「メクラ(キャップ)」がしてあつたので、それを取りはずし、コック(ガス栓)を取り付けて、その後、再び気密検査をした。しかし、この時、徴圧計はなんらの異常も示さなかつた。さらに、その後、台所の配管部分にコックを取り付けてガスレンジを取り付けた。その他、コックを風呂場の配管部分に一個と洋間のところにあつた配管部分に一個取り付けた。そして、台所のガスレンジと風呂釜について、取付が大丈夫かどうか点火して確認したが、なんらの異常はなかつた。もちろん、コック(ガス栓)の取付が終わつたところは、当然全部のコックを閉めた。これらの作業には、被告大熊が立ち会つている。

また、被告吉田は、原告らが引つ越して来た場合には、その連絡を待つてプロパンガスの使用説明をする予定でいたが、原告らからその旨の連絡がなかつたものである。

このように、被告吉田は、プロパンガス業者としてなすべきことはすべて行つているから、なんらの過失もない。

なお、被告吉田は、事故発生までに、原告謙一に対し、配管設備等の引渡しをしていない。

2 仮に、被告吉田及び同吉田屋商店に本件事故となんらかの条件関係のある行為があつたとしても、本件事故は、何者かが洗面所のコックを意識的に「開」の状態にしたものであり、この者の行為と被告磯村建設及び同大熊の初歩的な不注意によつて引き起こされた事故であるから、被告吉田及び同吉田屋の前記の行為と本件事故との間には相当因果関係がない。

3 仮に、被告吉田のなんらかの行為によつて本件事故が惹起されたとしても、失火ノ責任ニ関スル法律の適用により、被告吉田及び同吉田屋には不法行為責任は生じない。

第三  抗弁及びこれに対する原告らの認否

(磯村建設の抗弁)

被告磯村建設は、事故発生から昭和五八年一一月末日まで、原告らに対し、後記のとおりの金額を支払つている。

原告邦子は休業損害を主張しているが、同原告は家事に従事していた無職の主婦であるから、同原告の休業損害とは、家事労働を金銭に評価するものであるところ、被告磯村建設は事故後現在(本件口頭弁論終結時)まで家政婦費用の実費全額を負担しているから(ただし、昭和五六年七月から被告吉田屋もその一部を負担している。)、休業損害については、全額支払済みである。

医療費 金三二万三九〇七円

家具、電気器具代金 金三五万三三〇〇円

付添い費 金一〇四一万六四四一円

(ただし、右付添い費は、昭和五九年六月分までの合計額であるが、その後も支払いは継続している。)

(被告吉田及び同吉田屋商店の抗弁)

被告吉田らは、被告磯村建設とともに現在(本件口頭弁論終結時)まで家政婦費用を支払つているから、休業損害はすべて支払済みである。

(抗弁事実に対する原告らの認否)

被告らが、事故後、現在(本件口頭弁論終結時)まで、家政婦費用をすべて支払つていることは認める。

第四 証拠<省略>

理由

一被告吉田屋商店が酒類、荒物、雑貨及び燃料(プロパンガス)等の小売業を営む会社であり、被告吉田が同社の代表取締役であることは、本件各当事者間に争いがない。

また、<証拠>によれば、原告謙一と原告邦子は、昭和四九年から内縁関係にあり、昭和五五年三月二八日に婚姻して夫婦となつたこと、原告ら夫婦の間には、長女かおる(昭和五一年一月八日生まれ。)がいることが認められる。次に、<証拠>によれば、被告磯村建設は土木建築の請負、販売及び土地建物取引業等を営む会社であり、被告大熊はその従業員であること(この点は、原告らと被告磯村建設及び同大熊との間においては、争いがない。なお、以下、被告磯村建設と被告大熊との両被告を合わせて指すときは「被告磯村建設ら」という。)、被告大熊は、昭和五二年一一月当時、同社の現場監督をしていた者であることが認められる。

二<証拠>によれば、原告邦子が、昭和五二年六月二七日、被告磯村建設から埼玉県大里郡寄居町大字富田字一四三〇所在の本件建物を代金八〇〇万円で買い受けたこと、本件建物は、昭和五二年一一月五日に原告邦子に引き渡される予定であつたこと(以上の事実は、原告らと被告磯村建設らとの間には争いがない。)、本件建物は、全体のうちいくらかは客の注文に応じるものの、基本的にはいわゆる土地付きの建売り住宅であり、水道、電気及びガスなどの設備は入居者がすぐに利用できる状態で引き渡されるものであつたことが認められる。

三そこで、次に、本件事故発生までの状況についてみると、<証拠>を総合すると、まず、本件事故の前日までの経過として、次のような事実、すなわち、

1  原告らの家族は、右引渡し予定期日である昭和五二年一一月五日に本件建物に引つ越してくる予定であり、その前日である同月四日に、原告謙一が、下見のため本件建物へ赴いたところ、ガス及び水道工事が未了であつたので、現場監督をしていた被告大熊に対し、工事を間に合わせるように督促したこと、

2  次いで、原告謙一は、本件建物へプロパンガスを供給することになつていた被告吉田屋商店に出掛け、被告吉田に対し、五〇キロ入りプロパンガスボンベ一本の追加注文したほか、ガステーブル一台を購入して「これを使えるようにしてくれ。」と頼んだので、被告吉田は、直ちに、これらの注文に応じるつもりで一人で本件建物に赴いたこと、

3  被告吉田が本件建物についたのは同日の午後三時ころであり、本件建物には、被告大熊のほか被告磯村建設の従業員一人がいて周囲の片付けなどをしていたが、原告謙一は戻つていなかつたこと、

4  本件建物のガスの配管工事は訴外株式会社埼玉電気が工事を担当したものであるが、被告吉田が本件建物を訪れたときには、配管部分の工事は完成していたが、コックを取り付ける予定の箇所(本件建物では、台所、浴室、洗面所、洋間、台所の湯沸器の五箇所)にはすべてコックが取り付けられておらず、管の先端にはメクラ栓がされていた状態であつたこと、

5  右コックの取付も、本来は訴外埼玉電気が行うことになつていたが、被告吉田屋は、被告磯村建設との間の約束で、本件建物へのガスの供給をさせてもらう見返りとして右本件建物のガス配管設備にかかる費用を負担することになつていたため、自ら工事しても、その分は右の支払い分から控除できるという事情があつたところ、被告吉田は、原告らが翌日には本件建物に転居の予定であることを前提に、原告謙一からガステーブルを使える状態にして欲しいと頼まれていたので、急いで右要求に沿うべく、自ら、まず台所の栓にコックを付けてガステーブルを取り付け、さらに浴室、洋室の各コック取付予定箇所についても、ガスコックを取り付けたこと、

6  そこで、被告吉田は、本件のガス配管設備について気密検査を行つたところ、やや不良な結果が認められたので、洗面所のコック取付予定箇所のメクラ栓も外してコックを取り付けたこと(なお、被告吉田は、台所の湯沸器の箇所はいじらず、メクラ栓のままにしておいた。)、

7  しかし、被告吉田は、コックを取り付けた後、しばらくの間ガス器具を取付ないことが予想された洗面所及び洋間のコックについて、誤つてこれらのコックが開かれた場合に事故を防止するためのゴムキャップなどは取り付けなかつたこと、

8  そして、被告吉田は、洗面所のコックの取り付けが終わると、二度目の気密検査を実施して異常が認められないことを確認したが、その際、右検査を見ていた被告大熊に対し、「大丈夫ですから。」と伝えた上、ガスボンベをつないで、元栓を開き、ガステーブル及び風呂釜で着火試験を行い、正常に着火することを確認したこと、

9  被告吉田は、気密検査、着火試験も異常なく終わり、本件建物のガスが使用可能の状態になつたので、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律に基づく注意事項等を記載した書面を、原告謙一に交付し、かつ、その受領書をもらうつもりで、しばらく同原告を待つていたが、同原告が戻らなかつたため、ガス設備を右の状態(だれでも、元栓を開いて使用しようと思えば、使用できる状態)のままにして、帰宅したこと

が、認められる。

四次に、事故当日の状況については、<証拠>を総合すると、

1  本件事故の発生した昭和五二年一一月五日の午前中、被告磯村建設の下請けである株式会社埼玉電気の代表者である訴外山口朝治と従業員である訴外大森某の両名が本件建物の台所の湯沸器の取付工事をしたこと、

2  本件の建物の引渡しのため、被告磯村建設の営業部長である訴外森英明は、被告大熊と共に本件建物で原告らを待つていたが、所用のため原告らの到着を待たずに、午後一時半ごろ、被告大熊一人に引渡しを任せて帰つたこと、

3  その後、同日午後二時半ころ、原告謙一、同邦子らの家族が本件建物に到着し、直ちに荷物の運び入れを始めて、荷物を一応建物内に運び入れるのに、同日午後四時ないし四時半ころまで要したこと、

4  被告大熊は、原告らが到着後間もなく、本件建物の鍵三個を原告邦子に渡したが、原告らが荷物の運び込み等に追われていたため、いつたん本件建物を離れ、他の現場に回つてから、同日の午後五時四五分ころ、被告磯村建設の社員である訴外小寺信夫と共に再び本件建物を訪れて、原告邦子らに対して、本件建物の間取りや構造についての簡単な説明をしたこと、

5  次いで、原告邦子がお茶を入れるためにお湯を沸かそうと思い立ち、被告大熊に対し、「ガスの使い方を教えて下さい。」と申し入れたが、被告大熊は、前日、被告吉田から「大丈夫ですから。」と言われていたので、本件建物のガスの配管及び各器具は既に使用できると思い、その取扱い説明は自分でできるものと考えて、被告吉田屋の立会いを求めず、また、各コックの開閉状況等を確かめることをしないまま、自己の判断で訴外小寺にガスボンベの元栓を開栓させ、自らガステーブルのスイッチを点火してみせて、その使用方法を原告邦子に示したこと、

6  その後、被告大熊は、原告邦子に対し、台所の湯沸器を着火方法を説明してみせようとしたが、なかなか着火せず、一五分ないし二〇分近くもの間着火を試みた末にようやく着火したこと、

7  そこで、被告大熊は、さらに浴室の風呂釜の着火の仕方を教えるつもりで、原告邦子に「奥さん、こちらをみて下さい。」と声をかけ、同原告と共に風呂場に通じる洗面所の前に立つてそのドアを開けた途端、洗面所内の湯沸器を取り付ける予定のコックが「開」の状態にあり、そこからプロパンガスが音をたてて流出していることを発見し、すぐさまこれを「閉」の状態にしたが、その瞬間に、台所を中心に爆発が起こり、さらに二度ほど爆発が繰り返されて火災となり、その結果、原告らが傷害を負つたほか本件建物が全焼したこと

が、認められる。

五以上の経緯から考えて、本件事故は、洗面所の湯沸器を取り付ける予定のコックが開放状態にあるのにガスの元栓を開いたため、右コックからプロパンガスが洗面所内に流出して充満し、それが洗面所のドアを開いた途端に台所にまで流出して、台所の何かの火に引火して爆発するに至つたものと考えられる。

そして、これらのことと事故の前日に被告吉田が気密検査をしてたときには異常がなかつたことを併せて考えれば、右コックは、前日の検査ののち本件爆発事故発生の間に、何者かによつて開かれたものと推定されるが、本件の各証拠からは、何人が右コックを開栓したかを確定することは困難である。

六そこで、これらの事実を前提として、各被告の責任の有無について検討する。

プロパンガスは引火爆発しやすい性質のものであり、そのための爆発事故も少なくないことは周知の事実であり、本来、新築建物等において初めてプロパンガスの設備の使用を開始するに際しては、専門業者が器具及び設備等の安全性を確認した上、所定の手続を踏んで使用開始すべきものである。本件事案においては、被告大熊が被告吉田の立ち会いを求めなかつたのは、前日の被告吉田の「大丈夫ですから。」との言を「もう使つても大丈夫である。」という趣旨に理解したためであるが、そうであるとしても、建物の引渡しの一環として、専門業者に代わつてプロパンガスの設備の使用を開始し、その取扱いを説明しようとした被告大熊としては、本件建物の各コックのうちには未だガス器具が接続されていない箇所があることを十分認識していたのであるから、元栓を開く前にこれらのコックが確実に締まつているかどうかを確かめるべき注意義務があつたものというべきである。なお、本件では、本件事故の前日にした気密検査では異常がなかつたのであるが、その後、被告大熊らが元栓を開くまで、丸一日を経過しており、その間に、本件建物には工事のため及び原告らの引つ越しのために多数の人の出入りがあり、これらの者が本件建物のガス器具や設備に誤つて手を触れることは十分にあり得ることであるから、前日の検査で異常がないからといつて、開栓時の確認を省略してもよいという理由にはならない。そして、このような注意義務を尽くすことは、被告大熊の立場からして基本的なことであり、同被告がこのような注意義務を尽くしていたならば本件事故は防ぐことができたものである。

しかるに、同被告は、こうした安全性の確認のための措置は全く執らずに、漫然と訴外小寺に元栓を開くように指示して元栓を開かせた重大な過失により、本件事故を惹起したものである。

したがつて、同被告は、右の重大な過失によつて発生した本件事故について、不法行為責任を負うべきものである。

そして、被告大熊の右行為は、同被告が被告磯村建設の従業員として原告邦子に対し本件建物の引渡しを行うに当たつて、ガス設備の使用方法の説明を行うときに、被告大熊の前記の重大な過失によつて惹起したものであるから、民法七一五条の規定により、被告磯村建設も原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

なお、被告磯村建設は、本件建物の鍵を原告邦子に引き渡したことをもつて引渡しは完了していると主張するが、新築の建売住宅の引渡しにおいては、単に鍵を引き渡すだけでなく、これに付随して買主に対して建物内の各種の器具や設備について説明することも一般に行なわれていることは公知の事実であるところ、本件事案においても、被告大熊は被告磯村建設の引渡し担当社員として、鍵の引渡しだけでは不十分と考えて、わざわざ別の現場から戻つてこれらの説明を行つているものであることからして、鍵の引渡しをもつて既に本件建物の引渡しが完了していたという右主張は採用できない。

また、本件事故は、専門業者である被告吉田が使用開始に立ち会い、気密検査等の安全確認を行つた上で使用を開始していれば起こらなかつた事故である。

ところで、被告吉田は、事故前日、ガス設備の工事を行い、元栓さえひねれば、ガスが各配管を流れるようにしながら、洗面所のコックには、誤つてそれが開栓された場合に事故を防ぐためのゴムキャップを取り付けるなどの安全措置を講じておらず、右コックは裸のままであつたから、本件建物のガス設備は、右ガスコックに器具が取り付けられるまでの間に、誤つてこれが開かれた場合には、プロパンガスの爆発事故につながる危険性があり、このことは、プロパンガスの専門業者である被告吉田において十分認識し得たはずである。したがつて、被告吉田は、少なくとも、使用開始の際に必ず立ち会い、自らガス漏れがないか否かを確認してからガス設備の使用を開始させるようにすべき注意義務があつたものと解される。特に、本件建物は、ガスの配管にコックを取り付けた時点において、なおその他の工事未了の箇所を残していて、これらの工事のため人の出入りが当然に予想され、また、入居者も引つ越し直後であることなどからして、家屋内の設備に不案内な者が誤つて本件コックを開くおそれがある状況にあることからすれば、被告吉田としては、なおさら右のような注意を払うことが必要であつたというべきである。そして、本件建物のガス設備は、元栓を開けばガスが各使用口へ流れる状態になつていたこと、事故前日の工事は、原告謙一の「これを使えるようにして欲しい。」という注文に応じて行つたものであり、注文のとおりにガステーブルが取り付けられていれば、原告らが本件建物のガスの使用ができるものと思つて操作をするかも知れないということも、容易に予測できたものと考えられる。そこで、被告吉田は、ガス設備を既に右の状態にまでした以上は、原告らの方から引つ越してきたから開栓に立ち会つて欲しいという連絡をしてくるのを漫然と待つのでは危険防止の点で不十分であり、原告らが引つ越しをしてきてガスの使用を開始したいときには、必ず被告吉田に連絡すること及び同被告の立ち会いなしに右ガス設備の使用を開始しないことをメモに残すなり、被告大熊に伝えたりするなどの積極的な方策を講ずるべきであり、また、このような措置を講ずることは極めて容易であつたはずである。

しかるに、被告吉田は、こうした措置をなんら講ぜず、かつ、ガスの開栓にも立ち会わなかつたものである(なお、被告吉田明信の本人尋問の結果中には、「原告らから連絡があれば行つてみるつもりであり、また、連絡がなくとも、事故当日の夕方には、行つてみるつもりであつた。」という趣旨の供述部分があるが、被告吉田は、事故の前日に気密検査等を済ませており、原告謙一とその日のうちに出会えたならば、その時点で使用上の注意事項を記載した書面の交付まで終える予定でいたこと、同被告は、原告らがいつごろ着くのかを尋ねることもなかつたこと、同被告は、被告大熊に対して「大丈夫ですから。」と伝えただけで、自分が明日もう一度開栓に立ち会うつもりであるとの趣旨のことは全く伝えていないこと、事故当日も、この日に原告らが引つ越して来ることは知つていながら、本件建物に赴いていないことなどを総合すると、被告吉田が右供述部分のとおりに事故当日も開栓に立ち会うつもりであつたかどうかも疑問である。)。

したがつて、被告吉田は、プロパンガスの小売等を営む専門業者として前記の注意義務を怠り、本件事故を惹起した重大な過失があるから、本件事故の発生について、不法行為責任を負うことを免れない。

また、本件事故は、被告吉田屋の代表取締役である被告吉田の前記の重大な過失により発生したものであるから、被告吉田屋も有限会社法三二条、商法七八条一項、民法四四条一項の規定により、原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

ところで、本件の各被告は、失火ノ責任ニ関スル法律の適用により、責任を生じないと主張する。

しかし、本件のようなプロパンガスの爆発事故の場合にも、同法が適用されることは肯定できるとしても、本件事故は、被告大熊及び同吉田の重大な過失によつて惹起されたものであるから、被告らは、同法の適用によつて責任を免れることはできないというべきである。

七次に、原告らの被つた損害について、検討することとする。

1  原告謙一の損害について

①  原告謙一が大正七年六月三〇日生まれの男性であり、本件事故当時五九歳であつたこと、原告謙一が本件事故によつて両手・顔面・左足Ⅱ度熱傷の傷害を負い、昭和五二年一一月五日から同月二五日まで埼玉県比企郡小川町大字一五二五番地所在の小川赤十字病院に入院したことは、本件各当事者の間で争いがなく、<証拠>を総合すると、同原告は両手熱傷後遺症として両手掌及び左右全指に知覚過敏状態が残つたこと、本件事故当時、同原告はアルバイトとしての身分で日本航空の健康管理の仕事をしており、事故後も同じ仕事に復帰したことが認められる。

②  そこで、右事実を前提として、同原告の損害を個別に検討する。

ア 逸失利益について 金七八万五九八七円

同原告の前記後遺症は、その内容及び程度に照らせば、後遺傷害等級表(自動車損害賠償保障法施行令第二条別表)の第一四級に相当するものであり、これによつて労働能力を五パーセント喪失したと認めるのが相当であり、昭和五二年度労働大臣官房統計情報部編の賃金構造基本統計調査報告(以下「賃金センサス」という。)第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計、年令別平均給与額に従つて、同原告の年収額を算定すると、金二三八万五九〇〇円(157800円*12月+492300円)であり、労働能力喪失期間を八年として新ホフマン方式により中間利息を控除して(以下、中間利息の控除については、すべて新ホフマン方式によることとする。)、本件事故による原告謙一の逸失利益を計算すると、金七八万五九八七円(一円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

(157800円*12箇月+492300円)*0.05*6.5886=785987円

イ 慰謝料について 金八〇万円

本件事故の態様及び後遺症の程度に鑑みると、同原告が被つた精神的損害を金銭をもつて慰謝するとすれば、入通院に関する慰謝料としては金三〇万円が、後遺症に関する慰謝料としては金五〇万円が相当である。

ウ 休業損害について

原告謙一は、金一六万三三四五円の休業損害を被つたと主張するが、本件事故により、原告謙一がその勤務を二〇日間休むことを余儀なくされたものであるが(入院期間は二一日間であるが、その初日は本件事故のために勤務ができなかつたものとはいえない。)、同原告が右の期間入院したことによつて、収入に減少を来したと認めるに足る証拠はないから、本件では、原告謙一の休業損害を認めることはできない。

エ 弁護士費用について金一六万円

原告謙一が、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任していることは、当裁判所に明らかな事実であり、本件の事案における主張、立証の複雑性、困難性等諸般の事情を考慮すれば、同原告が右訴訟代理人らに支払う報酬のうち金一六万円が本件事故と相当因果関係がある損害であると認めるのが相当である。

オ 合計 金一七四万五九八七円

以上、ア、イ及びエを合計すると金一七四万五九八七円となる。

2  原告邦子の損害 合計金五八七六万七七四九円

①  <証拠>によれば、原告邦子が昭和一一年一月一日生まれの女性であり、本件事故当時、四一歳であつたことが認められ、また、<証拠>を総合すると、原告邦子は、本件事故により両手・前腕熱傷(Ⅱ・Ⅲ度)、頭部・顔面・両大腿広範熱傷の重傷を負つたこと(以上の事実は、原告と被告磯村建設らとの間では争いがない。)、昭和五二年一一月五日から昭和五三年四月四日まで前記小川赤十字病院に入院し、次いで、堀内医院に一週間ほど入院したのち、昭和五三年夏ころから現在に至るまで、警察病院に入通院を繰り返していること(なお、警察病院に入院した期間は、手術のために各回一〇日程度ずつ計五回であつた。)、事故後現在まで、負傷部位の手術を二〇回以上にわたつて行つたこと、しかし、同原告には、両手指切断欠損、両手関節拘縮の後遺症障害のほか、その他の各負傷部位にも醜状が残つたこと、そのため、同原告は、物をつかむことが困難なのを始め、トイレを使うことなど日常生活の基本的な行為も自分一人で行うことは困難な状態であり、本件事故以前には行つていた炊事、洗濯、育児などの主婦としての行為が自分でできなくなつたこと、前記の醜状の残る箇所を少しでも改善するために今後もなお数回の手術をする必要があるが、機能の面では、将来、機能回復訓練等を行つても現状以上に大幅な回復は期待できないこと、同原告にこのような後遺症が残つたことが原因となつて、原告らの夫婦関係は破たんし、原告らは、現在、事実上の別居状態にあることが、それぞれ認められる。

②  そこで、右事実を前提に原告邦子の被つた損害を個別に検討する。

ア 将来家政婦を依頼するに必要な費用について 金二一一五万九九一一円

原告邦子は、本件事故により両手指切断欠損、両手関節拘縮の後遺症(後遺傷害等級表第三級の五に相当する)による障害のため、退院後も現在に至るまで、現在まで、訴外かおるの世話を始め、炊事、洗濯等の家事をすることができないだけでなく、自分自身の身のまわり世話も満足にできない状態であること、将来も大幅な機能の回復は期待できないことは、右に述べたとおりである。また、<証拠>によれば、同原告は、そのために自己及び訴外かおるのために炊事、洗濯等をしてもらうために家政婦を頼まざるを得なくなり、退院後から現在に至るまで引き続いて家政婦を依頼していること、そのために要する費用は、現在、報酬として一日当たり金六一〇〇円、交通費として一箇月当たり金一万四二六〇円であること、右家政婦費用(交通費も含む。)の実費は、本件最終口頭期日時点までは、被告らにおいて、全額を負担してきていることが認められる。

これらの事実によれば、原告邦子については、今後も当分の間は、本人の介護の必要性の面及び同原告の主婦及び母親としての労働を代替する必要性の面の両方の面から、家政婦を雇う必要があることが認められる。そして、同原告の介護の必要性の面をみる限り、同原告に大幅な機能回復が期待できないのであるから、終身一定の範囲での介護が必要と考えられるのに対し、主婦又は母親としても労働の代替の必要性は、将来、訴外かおるが成長するに伴つて徐々に軽減してゆくものと考えられる。そこで、これらの事情を考慮すると、同原告は、訴外かおるが義務教育を終了するころまでは、現在と同程度に家政婦の労働に依存しなければならないが、右の時点以降においては、自己の介護に必要な範囲で家政婦の労働を求めれば足り、そのための家政婦の稼動時間は現在の三分の一程度で足りるものと考えられる。

したがつて、本件最終口頭弁論期日(昭和六〇年五月三一日)以降六年間は家政婦費用として、少なくとも、毎月現在と同様の金額の支出を余儀なくされ、それ以後はその三分の一の金額を下回らない額(一日当たり二〇四〇円の報酬と現在一箇月の交通費として支出している金額と同額の交通費)の支出を余儀なくされるものと考えられる。そして、本件事故当時の同原告の年齢の女子の平均余命は四〇年を下回らないから、本件最終口頭弁論期日以降同原告が支出を余儀なくされる家政婦費用の本件事故当時における価額は、後記の計算式のとおりであり、金二一一五万九九一一円となる。

(6100円*365日+14260円*12箇月)*(10.4094−5.8743)=1087万3446円

(2040円*365日+14260円*12箇月)*(21.6426−10.4094)=1028万6465円

1087万3446円+1028万6465円=2115万9911円

イ 逸失利益について 金一二五九万六八三八円

原告邦子は専業の主婦であるところ、本件事故による同原告の後遺症は、前記後遺傷害等級表の第三級に相当するものであり、その労働能力の一〇〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。しかし、本件口頭弁論終結後六年間については、家政婦によつて原告邦子の主婦労働の代替をするのであるから、同原告には、右の代替のための費用と重複してこの間の逸失利益は認めることはできない。これに対し、右時点以降については、先に認めた範囲の家政婦の労働は家事業務の代替を果たすものとはいえないから、この間の同原告の逸失利益を認めることは、重複請求を認めることにはならないと解される。

そこで、昭和六六年六月一日から同人の六七歳までの逸失利益を算定すると、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者の全平均給与額によれば、その年収は二一一万二〇〇円(141200円*12箇月+415800円)であり、これをもとに中間利息を控除して事故発生時における逸失利益の価額を算出すると、後記の計算式のとおりであり、金一二五九万六八三八円となる。

(141200円*12箇月+415800円)*(16.3789−10.4094)=12596838円

ウ 慰謝料 金一八〇〇万円

本件事故の経緯、原告邦子の負つた傷害の程度、入通院の期間、手術の回数などを総合すると、原告邦子に対する入通院慰謝料としては金三〇〇万円が、また、本件後遺症の程度及びそれが同原告の家庭生活へ与えた影響などを総合考慮すると後遺症慰謝料としては金一五〇〇万円がそれぞれ相当である。

エ 土地購入の諸費用 金一五六万一〇〇〇円

<証拠>によれば、本件事故で焼失した建物は、土地付きの物件であり、購入価格は全部で金八〇〇万円であること、原告邦子は右代金の頭金として即金で金一五〇万円を支払つたこと、同原告は、右代金の他に建物追加工事を被告磯村建設に依頼し、その代金一〇六万一〇〇〇円のうちの金六万一〇〇〇円を現金で支払つたことが認められる。したがつて、原告が請求する土地購入諸費用のうち、本件土地建物購入頭金一五〇万円、追加工事費用支出金六万一〇〇〇円は、本件建物が焼失したことによる損害と認めることができる(なお、本件建物の価格八〇〇万円は、土地付きの価額であるが、右価額からして、建物のみの価額が一五〇万円を超えるものであることは容易に推認できる。)。

しかし、保証委託保険料、火災保険料、登記費用については、本件事故と右の支出との間に因果関係は認められないから、これらを損害と認めることはできない。

オ 本件火災により焼失した家財道具、衣類等の動産 金三〇〇万円

本件事故により焼失した動産の価額を正確に見積もることはその性質上困難であるが、<証拠>によれば、その損害額は金三〇〇万円を下ることはないと認められるが、右金額を超える部分については、これを認めるに足る証拠はない。

カ 休業損害

原告邦子は専業の主婦であり、本件事故による入院及び後遺症のため現在まで主婦として稼動できなかつたことは認められるが、前記のとおり、被告らは本件口頭弁論終結時まで家政婦費用の実費を負担し、家政婦の労働によつて同原告が主婦として稼動できなかつた部分は補われているから、同原告に休業損害が生じたとは認め難い。

キ 本件火災により焼失した現金

原告邦子は、本件事故により、金六〇六万五〇〇〇円の現金を焼失したと主張し、同原告本人尋問の結果中には、一部これに符合する供述部分があるが、引つこし荷物であるタンスなどの中に多額の現金を入れておくということは不自然であり、右供述は容易に措信できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。したがつて、この点に関する原告邦子の主張は採用しない。

ク 小計―その一 金五六三一万七七四九円

右アないしオの金額を合計すると、金五六三一万七七四九円になる。

③  損害の填補 金三五万円

<証拠>によれば、被告磯村建設は、本件事故後、原告らに対し、焼失した家財道具等の損害についての損害填補の趣旨で、電気冷蔵庫、電気洗濯機、電気釜等の日用電気器具九点、洋服タンス、茶ダンス、座卓、寝具を現物で交付したことが認められ、これによつて補填された損害の額は、金三五万円を下らないと認められる。

なお、被告らは、医療費及び本件口頭弁論終結時までの家政婦付添い費用の実費を提供してきたこと(被告らが本件口頭弁論終結時までの家政婦付添い費用を支払つた点は本件各当事者間に争いがない。)を主張するが、本件においては、原告邦子は医療費についてはもとから損害として請求しておらず、また、先に損害として認めた家政婦費用は、本件口頭弁論終結時の後のものであるから、右各支払いを②で認定した損害の填補と認めることはできない。

④  小計―その二 金五五九六万七七四九円

②クの金額から③の金額を控除すると、金五五九六万七七四九円となる。

⑤  弁護士費用 金二八〇万円

本件弁論の全趣旨によれば、原告邦子が本件訴訟を原告ら代理人に委任し、報酬の支払いを約束して訴訟の追行を依頼したことが認められるが、本件訴訟の複雑性、事件の難易度、被告らの対応等を考慮すると、金二八〇万円が被告らの本件不法行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

⑥  合計

右④及び⑤を合計すると、金五八七六万七七四九円となる。

八結論

以上の次第であるから、原告謙一の本訴請求については、金一七四万五九八七円及びうち金一五八万五九八七円に対する本件不法行為の日の後である昭和五五年一一月一五日から右支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容することとし、その余の請求は理由がないので棄却することとし、原告邦子の本訴請求については、金五八七六万七七四九円及びうち金五五九六万七七四九円に対する本件不法行為の後である昭和五五年一一月一五日から右支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、右の限度でこれを認容することとし、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言については、同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官市村陽典)

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